新種発表等の命名法的行為は,
「適格な」著作物の学術論文の中で行われなければなりません.
学術論文の一般的な構造は以下の通りです.
1.タイトル(その論文のテーマを的確に表す題名)
2.著者とその所属
3.緒言(論文を書くにあたっての背景)
4.材料と方法(論文で用いた材料や,解析などの方法)
5.結果(論文で得られた結果の明示)
6.考察(得られた結果から考えられる科学的知見)
7.謝辞(お世話になった方々へのお礼の言葉)
8.文献(論文内で引用した文献の正確なリスト)
記載論文も基本的にはこの構造をとります.
が,ちょっと違う部分もあります.
実際にはどのような構成でしょうか.
クモヒトデの新種記載論文をここに書いてみましょう.
1.タイトル
和歌山県白浜町より得られたクモヒトデの新種
2・著者と所属
岡西政典 京都大学フィールド科学教育研究センター 瀬戸臨海実験所
3.緒言
紀伊半島西岸では,これまで63種のクモヒトデが記録されている(Murakami, 1963; Irimura, 1981).2015年++月に和歌山県南部漁港で得られたクモヒトデが未記載であることが判明したため,本論文で報告する.
4.材料と方法
本研究で扱ったクモヒトデ30個体は,****年**月**日に,和歌山県南部漁港の刺し網で得られた.採集場所は南部沖の水深約30 mである.形態観察には実体顕微鏡を用いた.
標本は**博物館に保管した.標本番号は***である.
5.記載
Ophioaus bus sp .nov.
検討標本: タイプ(標本番号***),和歌山県南部,約30 m.
記載:盤は**mm, 腕の長さ** mm,盤上は長さ** mmの鱗に覆われ云々.
*記載論文が一般の論文と大きく異なるのはこの部分です.「結果」の代わりに「記載」というセクションになります.ここで当該論文で扱った標本についての,詳細な記述を行います.因みに,Ophioaus busは本論文でつけようとしている二名法で記された新種の名前,sp. nov. はラテン語で「新種」という意味ですので,この一文で,「こんな新種の名前を提唱します!」という意味を成しており,現在では,この一文がないと記載を行ったことになりません.また,タイプとはその種の名前を担う標本の事で,これがきちんと指定されていないと,現在では命名したことには成りません.ちなみにいちいち「現在では」とただしているのは,実は論文の発行された年代によって,命名法的行為の満たすべき要件は違ってくるためです.そのあたりについてはまた今度.
6.所見
本種は**という形を持つことから,Ophioausに属する.本属は世界で10種が知られるが,本種のような***を持つ種は他にO. cus, O. dus, O. eusの3種が知られる.しかし,これら3種の腕の長さは最長でも100 mmなのに対し,本研究で扱う新種の腕は30 mに達する事から容易に区別できる.また,他にも**という特徴により区別できため,これらの形質を考慮して,本種は新種と考えられる.
*この部分も,一般の論文では「考察」だったのに対し,記載論文では「所見」です.ここでは,当該論文で扱う種が新種である根拠を,他の近縁種との比較から論理的に説明していきます.また,ここで生態や分布域について言及すrことも少なくありません.
7.謝辞
白浜大学の瀬戸博士には,サンプルの採集,記載におけるアドバイスなど,多方面にわたりご助力をいただいた.ここに記して謝意を表する.
8.文献
Irimura, S. 1981. Opiurans from Tanabe Bay and its vicinity, with the description of a new species of Ophiocentrus. Publ. Seto Mar. Biol. Lab., 26(1/3): 15–49, pl. 1.
Murakami, S. 1963. On some ophiurans from Kii and vicinities with description of a new species. Publ. Seto Mar. Biol. Lab., 11(2): 171–184.
これが記載論文の基本的な流れとなります.
長くなりましたが,このような論文をせっせと書くことでやっと新種として認められるわけです.
もちろん,単に書いたから明日から新種!というわけではなく,論文が完成したら,
雑誌に投稿,査読者からの長いやり取りの後にようやく雑誌に掲載が許可(受理)され,
その後何か月後かに雑誌が発刊されてやっとその命名法的行為は認められます.
おそらく,早い人でも新種を発見してから発表に至るまでは半年はかかるでしょう.
リンネによって分類学の基礎が築かれてから250年あまり,
現在名前が付けられている生物は180万種程度かと思いますが,
まだ名前のついていない種は1000万種はいるといわれています(これは研究者によって意見が違いますが).
このような作業を行いながら人類が地球上の生物に名前を付けることができるのは,
まだまだ遠い未来の事になりそうです.
*この記事ではZoobankへの登録がない,タイプの指定がない,
などの理由から命名法的行為には当たらないとは思いますが,
念のため,筆者からも命名法的行為の棄権を明言しておきます.